観光


観光マップです。 旅のお供にどうぞ、お役立てください。

            仙台城跡

 伊達62万石の居城、仙台城(青葉城)。標高約130m、東と南を断崖が固める天然の要害に築かれた城は、将軍家康の警戒を避けるために、 あえて天守閣は設けなかったといわれています。残念ながら今では城は消失し、石垣と再建された脇櫓が往時をしのばせます。政宗公騎馬像の前に立てば、天下取りの野望に燃えた政宗公と同じ視線で、市街を展望できます。

 

 青葉城資料展示館では、コンピューターグラフィックスによる青葉城復原映像などが見られます。周囲には仙台ゆかりの土井晩翠の文学碑も。 平成15年夏、国の史跡指定を受けました。仙台の街を見渡せる展望台として最高の場所。林の中を登っていく散策路としても素晴しい。          「仙台旅日和」より抜粋

  

 この写真では、伊達政宗の顔は確認できませんが、ご自分の足で尋ねて顔を確認してください。※ 渡辺謙の顔ではありません。また、渡辺謙は宮城県出身でもありません。)

 

仙 台 城 後 :http://www.sendaijyo.com/

仙台旅日和:http://www.sentabi.jp/guidebook/attractions/view/78


大崎八幡宮 [国宝]

 昭和27年国宝指定。慶長12(1607)年、伊達政宗公によって創建されました。

 権現造(石の間造)の典型で、本殿・石の間・拝殿が一体となっています。入母屋造(いりもやづくり)、こけら葺で、正面に千鳥破風を付け、向拝(こうはい)には見事な軒唐破風(のきからはふ)を付けています。石の間の格天井(ごうてんじょう)には、多数の草花や薬草が描かれています。内外とも漆塗(うるしぬり)・胡粉(ごふん)下地に彩色を施し、彫刻・金具に飾られ、絢爛たる雰囲気を表しています。桃山建築の傑作です。長床が国の重要文化財に、石鳥居が県の重要文化財に指定されています。1月14日の「松焚祭(どんと祭)」(仙台市指定無形民俗文化財)では、松飾りや古いお札を焚き上げて新年の無病息災・商売繁盛を願うが、この時行われる「裸まいり」は全国的に有名です。また、毎年9月14・15日には例大祭が行われ、9月14日夕刻には能神楽(県指定無形民俗文化財)が、9月15日には大神輿が近隣町内を練り歩き、流鏑馬神事(やぶさめしんじ)が境内で行われます。


            瑞鳳殿

 杉木立に覆われた境内に仙台藩祖伊達政宗公の御廟瑞鳳殿、二代忠宗公の感仙殿、三代綱宗公の善応殿があります。資料館には歴史文化の関係資料等が展示されています。

 瑞鳳殿は、政宗公の威風を伝える御廟で、桃山様式の豪華絢爛たる廟建築に圧倒されます。

            松島

 アルベルト・アインシュタインが月見をするため松島を訪れた(1922年大正11年12月3日)。なんと、あのアインシュタインが松島を訪れていたとは・・・それだけでも驚き!!

 東北本線で仙台駅から(初代)松島駅に到着し、松島電車(路面電車)に乗り換えて五大堂前電停に着いた頃には既に16時を過ぎ、十三夜の月が上っていた。それを見たアインシュタインは、「おお月が…おお月が…」と言ったまま絶句したという。その後、「どんな名工の技も、この美しさを残すことはできない」と同行者に言ったとされる。

 松島を見た人は皆心奪われるようである。昼の松島も良し。月夜の満月も良し。皆さんも是非心を奪われる為に、松島に出かけてみてはいかがですか?!

 松島は、宮城県の松島湾内外にある大小260余りの諸島のこと。または、それら諸島と湾周囲を囲む松島丘陵も含めた修景地区のことである。日本三景の1つに数えられている。

 

 松尾芭蕉が「奥の細道」で松島を訪れた際に、あまりに絶景なので句が浮かばず、「松島や ああ松島や 松島や」という句を詠んだという逸話はあまりにも有名である実際は後世の狂歌師の田原坊の作とされる

 



   晩翠草堂(ばんすいそうどう)[土井晩翠旧宅]

 詩人、英文学者として有名な土井晩翠の旧邸跡。晩翠は第二高等学校(現在の東北大学教養学部)教授を退官して、晩年までここで過ごしました。青葉通に面した入口には、「天地有情」と刻まれた自然石が立っています。

 土井晩翠は、明治4(1871)年仙台市北鍛冶町に生まれ、本名を土井林吉(つちい・りんきち)といいます。

 昭和24年初めての仙台市名誉市民に、また昭和25年に詩人として初めて文化勲章を受け、昭和27(1952)年、82歳で死去しました。


詳細は、以下のボタン(仙台旅日和)にてお調べ願います。